昭和42年10月22日 夜の御理解


 今日は久留米の教会で毎月松影会というのがあっております。久留米の関係だけの総代さんが集まっての信心の共励をするわけです。秋永先生が先日のお祭りのお礼もあるからというので、出席しておられます。もうそれこそ今までとは違ってもう、(?)先生方も総代さん方も大事にされたというて帰って来ておりましたが。本当におかげを頂かなければ出来ませんね。人間というのは、見かけが悪いと粗末にする。見聞き良くなると大事にする。まあ、人間というのはそんなもんですから、大事にされたいと思うなら私の心の中に(?)ところで、形の上に錦をやっぱりきらなければです、大事にしてくれませんですね。だからそこんところが大事であってから、勿論心に錦を着ておれば神様が大事にしてくださるのですけれども、もう二十年も前でしたか、私共の信心では様々にもう、非難されたり、口実をされたりまあ言うなら笑われたりしておった時代に神様にそんなことをお願い、お届けさせてもらいましたら、お前の信心はこんなに小さい鯖のようなもんじゃと。だからどこのいぬやら猫やら分からんとが来てからつめを立てたり、(?)をひっぱっていったり、かじったりするのじゃ。ね。だからそれが情けないと思うなら、はがゆいと思うなら、お前自身が大きくなれ。例えて言うなら大きなあの、ぶりのようなですね、今度の大祭のお供えがぶり。あんな大きなぶりになればですね、どんなに、猫が来てもいぬが来てもですね、もう、つめも立てきらないと。仰っておられましたけれども。もうとにかくこの前の大祭のおかげを先生方が受けられました。(?)ここにお参りをさせて頂いて、あのように、いわば信者さん方が立派に、揃うておられると言う事や、ああいう素晴らしい内容の、外から見るけれども、ご建築の素晴らしさといったようなものを、行ってみて初めて分かったと。まああれがどうして出来たのかと。どういうような信心から(?)ともう、つまりませんつまりませんと(?)それでいてですね、もう、こうだああだと赤面弁慶になって、椛目の信心をいわなくてもです、向こうのほうから、思うてみてくる。
 ね。それでも、(?)本気で(?)また、わざわざでもここに来るでしょう。

 いうならばもう、つめも立てきらなくなったという感じがいたしますですね。まあ、(?)犬猫に例えるわけじゃございませんけれどもです。問題はやはりおかげを受けなければならないと言う事です。信心が出来る。内容が有り難い。なら有り難い、(?)なるところのおかげというものを頂いてこそ初めて皆が納得するのだと。そこで(?)が出来たところで慢心をしたら、今日の秋永先生の行き方は素晴らしかったですね。もう、何にも出来ません。本当に不行き届きでしたとこの一点張りじゃったとこう言うわけですね。それでいいんです。ね。ですからどうでも、そういう、内容、(?)ともにもおかげを頂かせて頂くためにどういう信心をさせていただけばよいかという事になるのです。今日その、総代たちの集まりの会に(?)田中先生のお話があったそうですが、玉水の湯川先生のお話がございましたそうですね。当時、現在でもやっぱり日本一でしょうが、当時の先生のごひれいお徳というのはたいした事であった。その、湯川先生のところで、教会になられるまでに、随分のここと同じ年限がかかった。信者時代(?)全部助かったから、ここで(?)良く似ているわけですね。もうその為に随分なやはり非難を(?)そのためにもうその、こういうお取次ぎなんか止めてしまおうと何遍も腹を決められるほどにひどかったらしいですね。そしてその上にですね、自分のところで修行をした弟子達がその、総代たちがその次々とその亡くなって、19名亡くなられたそうですね。それであるときに御本部にお参りさせて頂いてまだ、二代金光様がおられる四神様にその当時お届けさせてもろうたら、信心をしておってです、信心を一生懸命しておって、難儀が起きてきたことはそれだけ難儀が大きければ大きいだけ、めぐりのお取り払いが出来るそうです。だから私はそこんところを信じるか信じないかでです、その、私が今日私が申しますように内容だけに有り難いものではない、形にも有り難いものが、現在のなら椛目合楽がです、なら、久留米地区の総代さん方、先生方からです、あれがどうしてどこから生まれたのかと。どうしてあれが御造営が出来たのかと、まあ、目を見張られるようなおかげを頂いておるということはです、そういういおかげを頂かなければ人から大事にもされない。心に錦を着ておれば神様に大事にされても人から大事にされない。

 人からも神様からも大事されるためにはです、ね、やはり、形のおかげを頂かなければならない、小さいいわば鯖のようなおかげではだめである。鰤ブリとした、そのぶりのようなおかげを頂くと猫でも爪をたてきらんというようなです、おかげを頂くということは、そういうおかげを頂くためには今日私が申しておりますように、ね、一生懸命信心をさせていただいておるのにどうして、こういうようなことが起こってくるだろうかと、しかも大事な先生方、から、大事な弟子達が次々と19人亡くなった。ね。だからそれは全部、めぐりのお取り払いじゃと。もうここんところで一つ分からなければならない事はですね、さあ、総代が亡くなったとか、その、玉水の湯川先生のためになくなったのではなくてです、ね、もう勿論、(?)助かったり、また、その寿命でなくなっておるという事は(?)ここんところを良く分からなければなりませんよね。これはあの、久留米の三橋先生が亡くなられました時に私はもう、本当に悲しさの余りに、神様に私が不足のようなことを申しましたんです。
 そしたらね大輪の花を咲すためにつまにゃ大きくならんと神様が仰ったです。大輪の花を大きく咲すためにはです、(?)それをつまなければそれが大きくならないのだ。現在の合楽が生まれるためには随分の犠牲もはろうてきた。これを、つまなければこの花は大きくならないと神様がおっしゃった。同じ事なんだ。皆さんもご承知のとおり、あの開教式をつかえる一日のお月並み祭に会わせてここで20人のここで、高徳者、ね、ここに、功労者ね、功労者の御霊に対するところの、20柱の慰霊祭がございましたですね。
 ね、ここの場合なんか教会になる前、いわば20人のいうなら、日と柱とでももうしましょうか、いうならばね。そういう例えば信心しておってどうして、思うのでございますけれども、そういうやはり、神様はめぐりのお取り払いとして、また、大きく花を咲かせるためにこうやって詰まれたというわけである。詰まれたからというて、(?)なるのじゃない。それは詰まれたとてもです、それはそこにそうならなければならない一つの理由があってからのことであると言う事。ね。ここんところが分からせて頂くところから、形のおかげ、心の有り難さ、心の有り難さではなくてから、形のおかげが伴うてくるのはです、信心して、どのようなことが起こってきてもそれが、めぐりのお取り払いである、いやほかに色々ございましょうけれども、肝心なところがどんなにいたい思いをするようなことがあっても、今みかげをという心にならせてもろうて、神様にお礼を申し上げる信心が出来ていけば、今朝の御理解で頂くところのそこんところの成り行きをいよいよ大事さへしていけば、形のおかげを受けられると言う事なんだ。ここんところを、実意にあつかったり不実意にあつかったり、ここんところを右左にいいかげんにしたんでは、形のおかげがいい加減になってしまうということなのだ。ね。昨夜私共帰らせて頂いたら、重雄さんが迎えにきてくださったところが、顔半面いうならこう血だらけのようにこうしてあります。手からこう。どうしなさったですかち。来がけにあなた、あの、こう、善導寺の大橋の中を通って、早道をして見えられるのです。いつもはそんなことはなかったが、今朝は今日はなんか知らんけれども、慌ててきよったら、砂利のところで滑ってですね、もう、そのままその、頭から顔から砂利の道の中に突っ込んだ。
 だから頭から手も今朝まで、今日もまだ痛む(?)しておられますが。そういう事。お参りをしていなかった、(?)。お参りをしてきよって、しかもそういう事。しかも先生が帰りなさる前に早くいっとかにゃんというそういう(?)思ってきよってから、そんなこと。今日は長男の国男さんが今、御祈念前に出てみえましてから、いわゆる明日のお月並祭のお供えをもう、自動車に積んで持ってみえよった。大橋のところで、単車に追突した。ね。お参りをしてきよるのに、お供えを持ってきよるち。ね。そんなことならお供えでもせん、といやそれまでの事。もう、お参りをさせていただきよってしかもお供え物を持っていきよるときにそういうような事があったと言う事。これは、重雄さんでなからなければ分からない、国男さんでなからなければ分からない、はあー、ほんに神様のおかげちゃ有り難いなあというものが確かにあるのです。また、ここんところ、お気づけしてくださったのだなあと分からなければうそです。また。このごろ精進しよらん。このごろ神様にご無礼になりよる。そういうようなものを感じなければだめですよね。

 そんな場合。なら私が二十人の先生方やら、私の弟子をなくしたときでもです。ただこれがめぐりのお取り払いだけでおれるわけではなくて、私はその為にその都度都度に大変な私の修行もさせてもろうたし、その度々に私自身の反省もそれこそ、猛反省させて頂いてきたわけです。ね。ですから、重雄さんが重雄さんなりにです、どうして、神様から、前につっこばらせれるようにですね、しかも砂利の中に自分の顔を突っ込まなければならなかったかと言う事をですね、やれ痛や今みかげをという心と同時に重雄さんなら重雄さんなりに反省なさらなければならないところがあろう。国男さんは国男さんなりにです、お参りをさせて頂きよるにも関わらず、こういう事になった。そこに、その、はあーおかげという事も感じますもんね。例えば今日、国男さんが追突した人は追突でも絶対悪いのですよね。これは。交通法から言うと。ですから、もう、弁償をしなければならない。怪我させとんなら治療代ださなきゃならん。ところがどっこい、向こうの方も飲酒運転であったというわけなんです。だから、お互い内内でいっちょ、話し合いで、あんたが(?)まあいっちょ話合いでお互いもこれから注意しあおうのと、いうて分かれてきたとこういうわけなんです。

 ね。これがそうじゃない。もし、相手が因縁でもつきあげられたとなったら、困る。そういう(?)私におかげというのを感じますものね。だからそれをおかげと感じるだけではない、又は、どうしてお参りをしよるとに、お供えものを持っていきよるとに、こういう事があったじゃろうかともう、お参りをせん、お供えをせんほうがよかというのじゃなくてです、ね、それこそ、やれ痛や今みかげをという気持ちにもなれると同時にです、国男さん自身もやはり反省しなければならないところがあるという事。
 そういう頂き方。そういう信心の中からです、必ず形が伴うてくる、おかげが受けられると言う事。
 今日松影会の方達が秋永先生を中心にしてですたい、ここで委員長の玉櫛をあげましたから、もう、その、秋永さん秋永さんと言わん。委員長どういうわけにその、あんたのところはああ言う風に信者が沢山立派に育ったかと。どうしてああ言う風に御造営が出来たかと。もうとにかく委員長の自分のその、采配の振りがよかったからそういう話でも聞きたいわけなんです。いうならば、こうもした、ああも言うたということを。ところがどっこい先生が、今日はもう(?)このごろから、私から注意を受けておりましたち。ですから、はあー(?)もうここま出た。ね。それこそ、自慢話の一つでもしたかった。それでも、向こうに受けることは間違いがない。今日の自慢話でも。けれどもそれではいけないとなって、本当に不行き届きで何にも出来ずにまあ、あいすまんことでしたあいすまんことでしたばっかりをいうておったとこういうわけ。

 いわゆるもうしたにもおかんという、もうちょっと、(?)から、(?)その合楽の御信者さんどうぞこっちにちいうてから上のほうへ席を設けてわざわざそこへ据えられたこういうわけ。ね。いわゆるやはり大事に人からされると言う事はやっぱり有り難いのです。ね。だからいかに内容に錦をきとっても形に(?)をつけておると、やはり分からんものは粗末にするのです。
 粗末にされてはやっぱり嫌ですからね。ですから、心にも錦をきて形にも錦を切れれるおかげを頂くために今日は私が申しますようにまた、四神様が湯川先生に仰っておられますように、信心をしておって起きてくる事。そういう難儀なことは難儀が大きければ大きいだけ、それだけ、めぐりのお取り払いが出来たのぞと仰ったと言う事を本気で、そうだと思いこませてもらうという事。
 それを信じると言う事なんだ。そこから今日私がいう、形と心にも錦のある形にも錦のきれれるような、おかげを受けられると言う事なんですね。
                         どうぞ